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秋田地方裁判所 昭和31年(タ)2号 判決

主文

原告よしと被告とを離婚する。

原告よしと被告との間の二女桜子及び三女梅子の親権者を原告よしと定める。

被告は原告よしに対して金五万円を支払え。

原告よしのその余の請求はこれを棄却する。

原告一郎、同ハナと被告とを離縁する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告等の連帯負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

(省略)

理由

(一)  公文書であるから真正に成立したと認めるべき甲第一号証ノ一(戸籍謄本)によれば、被告は原告一郎、同人妻たる原告ハナ及び右原告両名の長女たる原告よしとむこ養子縁組の届出をし、現に原告よし及び被告は法律上の夫婦、被告は原告一郎、同ハナの養子であること明らかである。而して右証拠と当事者の合致した陳述によれば被告は昭和二十一年四月二十五日原告家の事実上の女婿となり原告一郎方え原告等と同居し、原告よしとの間に昭和二十三年八月八日長女桃子(昭和二十三年十月十七日死亡)、昭和二十四年九月三日二女桜子、昭和二十七年二月二十九日三女梅子を儲け、右二女及び三女は現に未成年であることが認められる。

(二)  成立に争がないから真正に成立したと認めるべき甲第七号証の一、三、原告よし本人の供述により真正に成立したと認められる同号証の二、証人成田進、成田次郎、成田五郎の各証言並びに原告よし及び同一郎本人の各尋問の結果を綜合すると次のような事実が認められる。

すなわち、婚姻の当初より長女出生の頃までは夫婦仲は円満であつたが、昭和二十三年末頃から家庭内に漸次風波が立ち始め、昭和二十七年頃に至ると被告は粗暴短気に加え飲酒酩酊の上酒乱状態に陥ること多く家庭和合の空気は頓に消失した。而して昭和二十四年二月一日頃被告が夜分酩酊して帰宅し、当時二女を懐胎中で疲労の為先に就寝していた原告よしに対し性交を求めたところ拒否されたので、これを怒り同人の首を締め、原告ハナの制止により事なきを得たが、原告よしはこのような折かんを受けるなら死んだ方がましだといつて外に飛出し、被告また所行を恥ぢ同家を出たが、原告一郎の実弟成田次郎の執成で翌日帰宅した。昭和三十年に入ると、毎夜の如く外出先で酩酊して深夜帰宅し、原告よしに性交を迫り、同人としてはつとめて原告の要求に応じていたが、偶々生理上の都合や家事の疲労からその要求を充たし得ないと、同人に手当り次第器物を投げつけ、或は就寝中の幼児を呼起して雑言を吐くなどして妻子の身辺に危険が感ぜられる状況に立至つたので、原告よしは同年十月十六日頃から子供と共に被告と寝室を別にするに至つた。原告よしは昭和二十九年初め妊娠中絶の施術以来予後悪く、秋田市の病院に通院していたが、その途次予ねて世話になつた病臥中の叔父を自宅に見舞い、二夜宿泊して昭和三十年十一月十六日帰宅したところ、被告はこれを責め、よしの頭髪をつかんで引摺り廻したり、顔面や後頭部を殴打する等の暴行を加えた。更に被告は本訴提起後である昭和三十一年八月十三日午後九時五十分頃酩酊して帰宅し、一人で夕食をとつていたが、原告よしがせめてお盆にはもつと早く帰宅して呉れるよう申出たのを怒り、皿、茶碗等の食器を同人目がけて投付け、因つて同人の左肩こう部等に加療二週間を要する打撲傷を負わせるに至つた。以上の事実が認定せられ、右に反する証人薄田達也の証言(一部)及び被告本人の供述は信用しない。なお、原告等は昭和二十八年七月後記認定の如く被告が実家に戻る前夜原告よしに暴行した旨主張し、これに沿う如き証人成田次郎の証言があるが、右証言は未だ心証を惹かず、他にこの点を認定するに足る信用できる証拠はないから、此の主張は採用しない。

(三)  成立に争がないから真正に成立したと認めるべき甲第五号証、証人成田進、同成田米子、同成田月子、同成田次郎、同成田五郎の各証言及び原告よし本人の尋問の結果を綜合すると次の事実が認められる。すなわち、被告は昭和二十七年頃から同部落在住の未亡人訴外成田しまと懇になり屡々同人宅を訪れて飲酒する等のことがあつた。昭和二十八年一月頃被告は右しまとの関係をめぐつて訴外成田勇一とさや当てになり、原告よしはその執成しに腐心したこともあつた。同年七月末被告は右関係を恥ぢ、遂に実家なる父野田清方に戻つたが、原告家の要望と成田邦夫の斡旋により、一ケ月余にして原告家に帰つた。併し被告は右しまとの関係を依然清算することなく継続し、昭和三十年十月頃同人宅で情交に及んでいるのを家人に発見せられるに至り、その後昭和三十一年七月十五日頃には同人宅に宿泊した。以上の事実が認定せられ、右認定に反する証人成田フジ、同成田しま(一部)の各証言は前顕各証人の証言に照して信用できず、他に右認定を覆すに足る信用できる証拠はない。原告等は更に被告が昭和三十年十月頃原告家もみ入倉において村田某女と情交に及んだ旨主張するが、右主張に関する原告よし本人の尋問の結果は証人成田しまの証言に照し右主張を維持するに足らず、他に此の点に関する信用できる資料が存しないから此の主張は採用しない。

(五)  更に原告よし及び仝一郎本人の各尋問の結果によれば、以上認定の如き被告の段々募る粗暴な振舞と訴外成田しまとのしゆう関係とに被告自身と原告よしとはその夫婦関係の将来に希望を失つた結果昭和三十年十二月両者間に離婚の協議調い、離婚届(甲第三号証)に署名押印をも了したが、前記二児の親権者決定について協議が成立せず右届出は受理するところとならなかつた。更に双方より秋田家庭裁判所に申立てた離婚離縁等の調停も被告の要求する財産分与額について折合わない為不調となつたことが認められる。この点につき被告は、離婚届に押印し或は調停を申立てたのも、被告が妻たる原告よしに対する愛情から自己の真意に反し、よしの婚姻生活における夫えの非協力に反省を促す便宜的措置としてなしたもので、よしに対する愛情は今日も失つておらず飽迄婚姻を維持し度いというのが被告の真意であり、却て婚姻破綻の責任は訴外成田正明が自己の選挙違反が被告の密告によるものと邪推し原告家から被告を追出そうと煽動するのに乗つて昭和三十年九月以来被告との夫婦関係を拒否している原告よしにのみ存する旨抗争する。併し原告よしの夫婦関係の拒否は訴外成田正明の煽動によるものとは被告の全立証によるもこれを認めることができず、また前段(二)、(三)認定の事実によるときは被告の離婚届押印及び調停の申立は被告の原告よしに対する愛情に基づく仮装の措置とは認められず、却て被告の原告よしに対する粗暴或は不道徳的行動が昭和三十年十月頃妻をして愛情を喪失し同一家屋に在り乍ら寝室を別つに至らしめ、被告と原告よしとの婚姻生活を完全に破綻に導いたものと認むべきである。よつて婚姻関係破綻の責任はむしろ被告にありと解すべきである。したがつて被告の前記主張は採用できない。

(六)  次に証人成田五郎、成田進、同成田次郎の各証言及び原告一郎本人尋問の結果を綜合すると、次の事実が認定される。すなわち被告は昭和二十六年田の耕作方法について原告一郎と意見が相異するや矢庭に傍の鉄瓶を同人目がけて投付けたが偶々居合せた訴外成田虎雄の制止によつて事無きを得た。昭和二十八年十一月飲酒の上原告一郎と田の排水口の堀り方について意見衝突し同人の後頭部を数回殴打した。昭和二十九年六月二十一日酩酊の上かねて被告も了解済の筈であつた商店から農業協同組合えの登録替えを不満として食器類を投付けまたは踏みつけ等して乱暴に及んだが居合せた者に宥められた。本訴提起後である昭和三十一年五月二日頃同家傭人が被告購入の農具を使用したこと及び被告がもみ摺機購入立替金を請求したことから原告一郎と口論となり、隻脚の同人に殴打、足蹴引摺り廻す等の暴行を加え因て全治迄二週間を要する打撲傷を与えた。以上のことが認められる。被告は主張として原告一郎に対する暴行の事実が仮りに存在したとしてもむこ養子という届従的地位におかれ然も酩酊の余理性を失い或は親じつの余りの偶発的な行為で殊に昭和三十一年五月二日の原告一郎に対する傷害は妻たるよしより九ケ月も夫婦生活を拒否せられまた家事に手出しを禁ぜられ小遺銭も支給せられず、居候の如き取扱を受け、異常の心理状態の下に行われたものである。然も被告が原告家に入つて以来、小作田地一町四反を取戻して自作する等家業に寄与するところ多く、また被告の実父野田清も二十五万円余にのぼる財政的援助をして家計を裕福ならしめ、被告はまた昭和二十六年以来居村々会議員を二期勤め先代以来の原告家々名の維持宣揚につとめて来たもので離縁の原因は存しない旨主張する。併し被告主張の暴行時の心理状態は前段認定の事実に照し肯認できず、また訴外野田清の出捐が原告家々政に向てなされたものであること及び小作田地の取戻しが被告の努力によるものであることについては被告の全立証によつても未だこれを認めるに足る信用できる証拠がなく、被告の村会議員当選は専ら原告家一統の支持応援によるものであること被告の自認するところであるから、被告の以上の主張はいずれも採用できない。

(七)  よつて以上認定の(二)の事実は原告よしと被告間の婚姻につき民法第七百七十条第一項第五号にいわゆる婚姻を継続し難い重大な事由があるときに該当し、前認定の(三)の訴外成田しまとの情交の事実は被告において同条第一項第一号にいわゆる配偶者に不貞な行為があつたときに該る。更に前認定(六)の事実は原告一郎と被告との間の縁組につき同法第八百十四条第一項第三号にいわゆる縁組を継続し難い重大な事由があるときに該当する。従つて原告よし及び原告一郎と被告との間には夫々離婚、離縁の原因が存在すること明らかである。然も(五)及び(六)で認定の事実からして右婚姻及び養子縁組を継続するのを相当とするような事情が存するものとは認められないから、原被告間の婚姻及び養子縁組はなお継続するのが相当であるとの被告の主張は採用しない。よつて原告等の本件離婚及び離縁の請求は理由がある。

(八)  次に原告よしの慰謝料請求について判断すると、原告よしは前段(三)認定に係る被告の不貞行為に因り精神上の苦痛を蒙り、また被告の責任とせられるべき原因によつて離婚の止むなきに至り将来二児を抱え独り生活して行かなければならず多大の精神的苦痛を蒙むるべきものと認められるから、被告は右原告に対し慰謝料を支払うべき義務がある。而して慰謝料の額について案ずると、原告よし及び同一郎各本人尋問の結果及び弁論の趣旨によればよしは敬愛高等女学校を卒業し、自作田地一町八反其の他家屋敷山林を所有し、精米、製打綿業を兼業する農家の長女で現在家庭にあること、また証人野田清の証言及び弁論の趣旨によると被告は大曲農学校を卒業し、昭和二十六年四月以来昭和三十年三月迄五里合村議会員及び男鹿市議会議員を歴任したことが認められる。これ等の事情を綜合し本件慰謝料は金五万円と定めるのを相当と認めるから原告よしの本件慰謝料請求中右金額の範囲内の部分はこれを認容するがその余の部分は失当としてこれを排斥し、仮執行宣言の申立についてはこれを付しないのを相当と認めこれを却下する。

(九)  原告よしと被告との間に儲けた二女桜子(昭和二十四年九月三日生)は小学校二年在学中で、三女梅子(昭和二十七年二月二十九日生)は就学前の幼児であるから、大酒及び酒乱の癖ある被告の許におくよりは原告よしをして養育監護に当らせるのが相当であるし、なお諸般の事情を斟酌して原告よしを右二児の親権者と定める。

訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を適用し、訴訟費用を二分し、その一を原告等の連帯負担とし、その余を被告の負担とする。

よつて、主文の通り判決する。

(裁判官 長井澄)

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